間違った答えや選択肢でもOKだから、とにかく選んで動いてみる。間違えたりバカにされたりした方が、何もしないよりベター。

(朝の新百合ヶ丘、職場に学校にと、スピーディーに向かってゆく)

不覚にも

先月は、ブログを継続できず、かなり長いことアップが止まってしまいました。

確かに、非常勤で従事している監査法人のタスク(期末監査)がタイトで、疲労も蓄積していて、ブログへの思考と行動がストップしてしまっていましたが、それを言い訳にしてブログが止まったままというのは、やはり良くないと。

自分の代わりに自分の人生を送ってくれる人がいないのと同じように、自分のブログを自分の代わりに書いてくれる人なんていませんから。代書屋に代筆を頼んだとしても、それはあくまで(自分の意向を汲んでくれるとはいっても)代書屋の思考に基づくものであって、自分の思考そのものではないですから。

やはりブログは、自分そのもの、自分を100%表現するものとして、自分で書く必要があると思っています。

それに、最近は多くの税理士や会計士など士業の人が、カフェやデザイナーなどのフリーランスや小さな会社の社長が、ブログを毎日か、少なくとも平日毎日更新しているように、日々のビビッドな心境とか考えとか思っていることを、ネット上に表現していって、実社会だけではなくネット上でも生存していくことが必要不可欠になっています。

正直、ブログを毎日書いたからって、全く差別化にはならないと思っています。ブログを毎日更新することで営業がスムーズにいけば実に楽なのですが、世の中そんなに甘くはないことぐらい理解しているつもりです。

さて、ブログが止まるという不覚、それを招いた原因は何かと考えたとき、とにかく「手を動かす」ことをしなかったことが大きいのではないかと思っています。

頭で考えなくていいからとにかく手を動かしてみる

監査業務を終えてパソコンを閉じると、再びパソコンを開いて、ブログを書くためにキーボードを叩くということをしませんでした。疲労(早く帰って寝たい)もありましたが、ブログに何を書いていいか分からないから、キーボードを叩こうというモチベーションも湧いてきませんでした。思考が停止していました。

最近、旅で知り合った人のツイッターを読んでいて、その旅人は、実にフットワークが軽くて、都内でボイストレーニングをしていたかと思えば、今月からは石垣島に旅立ちました。島暮らしと都会暮らしの「二地域居住」を実践しはじめたのです。

ツイートが印象的でした「とにかく、自由に、軽くあれ」「なんでもいいからさっさと動け」と。

思考が停止していても、手を動かすことはできるでしょ。歩くことはできるでしょ。思考が麻痺していても、パソコンを開いてキーボードを叩くことくらいできるのではないか。そういうふうに捉えて見ました。

ついつい、思考が停止してしまうと、手も体も動かなくなってしまいますが、そこに一つだけ手を加えて、なんでもいいから文字を打ってみる、というのは、ブログを続けるコツではないかと。

なんらの評価も受けないよりも、バカにされたり、炎上した方がまだ良いのではないか?

  • こう書かなければならない
  • こんなこと書いたら絶対バカにされる
  • 実力のなさがバレる
  • 仕事に役立つ情報を書かなければ、書かないのも一緒
  • 炎上が怖い

いろいろとネガティブな思考が生じてきます。その結果、思考停止に陥ります。やる気も削がれます。確かに、往々として、世の中というところは、やる気を削ぐ発言をする人が多いのですが、私は彼らに負けていました。

そもそも、自分でどんなにグッドと思えるブログを書いたとしても、そのブログから私の実力を判断するのは、読者である皆さまです。約11か月ブログを続けていますが、その蓄積により、私の実力は判断されるわけで、数回のバッドなブログのアップで評価を落とすことはあり得ますが、長い間の蓄積により、すでに評価が決まっているところもあります。

しかし、思うのですが、一番怖いのは「悪い評価すら受けるに値しない」とされることです。

なんらの評価もされないくらいなら、もしかしたら、悪い評価を受けた方が良いのではないかと。

そこから刺激を受けて、じゃあ、どうしたらもっとエクセレントなシゴトを世の中に提供できて、評価を向上させることができるのか、きっかけになるからです。

私は、業界に入ってから、褒められたことはほとんどありません。気の滅入る様な事は星の数ほど言われてきましたが。正直、会計士や税理士の仕事は向いていないと思ったこと、多々あります。

それでも、世界有数の難易度を誇る会計士試験にパスしたプライドもあって、今でも会計士業務を続けていますし、当分やめるつもりもありませんし、やっぱり、より良い仕事を提供したいと思っています。

思考が停止しても、パソコンを開いて、手が本能的に動くがままに、手を動かしてみる。そうすれば、案外軽くなれるのではないか。

バカにされない、評価されないことよりも、バカにされた方が、酷評された方がベターなのではないか、そう思うようにします。

往々にして、バカにされたくない、良い評価を受けたい、尊敬されたい、と思って防御して、防御てきな行動をとってしまうのですが・・・これも訓練と慣れかもしれません。

(本投稿の執筆時間 45分)

 

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