決断はロジックで決断するが、「心でどう感じるか」という感性の裏付けは必要不可欠

(海辺のカフェにて iPhone Ⅹ)

感情だけで物事を決めてはいけない

人生を進めるにあたって、感情だけで物事を決断してはいけないと思っています。仕事の局面でも私生活の局面でもそれは同じで、重要なことほど、当てはまります。

ロジックを十分に構築して、損得計算をしっかりした上で、決断する

感情だけで物事を決めてしまうと、決めた直後は負担も楽になるでしょうし、せいせいした気分になるのでしょうが、特にけんか別れに終わってしまった場合にいえることですが、後々まで「しこり」が残るからです(別れという決断は、けんかに終わるのではなく、交渉の結果双方合意・納得して別れるか、自然に会わなくなるのがベターといえます)

さらに、ロジックと損得計算を十分に働かせた結果の判断に比べると、後々の納得感が弱い、後悔が生じやすいという、デメリットの方が大きいのです。

ロジックで決断する。しかし、ロジックだけ、ロジック偏重の決断を積み重ねて、人生は楽しくなるだろうか?

ビジネスの現場では、ロジック、経済合理性の観点で決断することを求められます。感情だけで決断してしまっては、ビジネスの不安定要素が高まり、取引の安全が脅かされること、さらには、慎重に判断すべきところを、慎重さに欠けてしまい、思わぬ判断ミスにつながるからです。

様々な情報やデータを、十分な量になるまで集め、それら集めた情報やデータを分析して、論拠と根拠をもって(理論武装して)決断するわけです。

しかしながら、感情を全く排除して、意思決定をできるのかどうか問われたら、私はNoと答えます。そもそも、人間は感情を必ず持つ動物だからです。好き嫌いを感じるからです。

嫌いな人とずっと過ごすことは、苦痛以外の何者でもありません。苦手な人もなるべくなら避けて通りたいと思っています。自分の周囲が嫌いな人や苦手な人ばかりで、それが長く続くと心身ともに疲弊する上、どのような仕事であっても「協働」が求められる以上、そういう関係性が続くと生産性も落ちます。それが人間というものだと私は思います。

生産性は、ロジックや損得勘定だけで決定できる要因ではなく、心が動くか、心がどう感じるか、頭という論理回路ではなく、体という感情回路からやる気が泉のように吹き出すかも、大きく関わってきます

結局は心でどう感じるか、共感できるか、感動するかという「感性の裏付け」が必要になってくるし、必要としたい

この頃の世の中をみていると、高度成長期から平成の中期までに比べると、生産性の意識がだんだんと高まっている上、ロジックや経済合理性や損得勘定だけで物事を決定せず、心が動くこと、共感できること、からだが反応することもまた、決定にあたっての重要な要素になっていると思います。

街で、チェーン店ばかりではなく、個人の感性がフルに発揮されている店が流行り始めたのは、その証左ではないかと思っています。必ずしもSNSや常時つながるネットの普及により、個人の発信力が増したことが影響しているばかりではなく、経済合理性偏重の経済の仕組みに飽きて、もっと感性を豊かにするもの、心をほぐすもの、からだが反応するもの、共感できるものを人々が求めるようになったからではないかと思います。

チェーン店というのは経済合理性(特に経済効率)と損得勘定に偏りがちだと思うのですが、個人オーナーの地元のお店は、経済合理性や損得勘定だけではない、感性に働きかける、特にお店を取り巻くお客さんや、地域の人たちとの会話や対話を重視しているために、現代のニーズにマッチしていると思います。

決断にあたってロジック、経済合理性、損得勘定は、普遍的に重要ではあるものの、それだけではなく「感性の裏付け」というものが必要になってきたと感じています。

(本日の執筆時間 60分)

【一日一新】

2018年6月9日(土)

UPI OUTDOOR 鎌倉 北欧野外”コーヒー”倶楽部

焚火カフェのスウェーデン式煮出しコーヒー、cafe vivement dimancheのドリップコーヒー、five beansのフレンチプレスコーヒーのトリオを楽しめるコーヒーのイベント

 

Follow me!